北部の保養地
ロストックの西わずか数キロにあるハイリゲンダムは、名前からして何か普通ではなさそうなものを予感させる町です。言い伝えるよると、地元ドーベランのシトー会修道士の祈祷によって、荒れ狂うバルト海の高潮の中から姿を現した「Gder Heilige Damm(聖なる堤)」に由来する地名と言われています。真偽は確かではありませんが、ハイリゲンダムはドイツで最も古く、最も優雅な海水浴場です。数年前、この地の歴史建築に大規模な修復を加えてオープンしたケンピンスキー・グランドホテルは、07年の初頭、ヨーロッパ最高の海岸リゾートホテルに選ばれました。フランスのドーヴィル、ベルギーのクノック・ヘイストと肩を並べるのが、ドイツのハイリゲンダムということになります。保養地ハイリゲンダムの歴史は、メクレンブルク=シュヴェーリン公爵フリードリヒ・フランツ1世が、侍医の勧めによって海水浴場の建設に着手した1793年に始まります。手本にしたのはイギリスの保養地ブライトンとバースで、最初のクアハウスが完成、さらに社交や宿泊の施設が整いました。一帯は時代とともに擬古主義建築群からなるひとつの総合芸術へと発展し、上流貴族やロシア皇帝が逗留する「海辺の白い町」は、美と優雅の代名詞となりました。その後、ふたつの大戦と東ドイツの社会主義的保養地経営によって、凋落の一途をたどったハイリゲンダムでしたが、2億ユーロに上る新たな投資のおかげで、いま再びかつての輝きを取り戻すことになりました。
アンゲラ・メルケル首相が、東部ドイツで開かれる初の主要国首脳会議G8の開催地としてこの保養地に白羽の矢を立てたのは偶然ではありません。Willkommen、bienvenue、welcome、みなさんようこそ!クアハウスに刻まれたラテン語の古い名盤が、いまもハイリゲンダムの精神を滞在客に語りかけます――、Heic te laetitia inviay post balnea sanum (癒しの水より上がりたる君、待ち受けるは愉しき心なり)。
もっとも、この言葉が当てはまるのはハイリゲンダムばかりではありません。ドイツのバルト海沿岸には、19世紀に建設された多数の海水浴場が、アーレンショープからドイツ最大の島リューゲンのビンツ、ウゼドム島のツィノヴィッツを経て、ルブミーンまで、首飾りの真珠のように連なっているのですから。海辺の景色は変化に富み、水浴場、漁村、灯台、桟橋、雪のように輝く白亜の断崖、細かい砂粒の浜などが、代わる代わる旅行者を楽しませてくれます。メクレンブルク=フォアポメルン州が、夏場の国内観光地ナンバーワンの地位に復帰できたのは、ウォーターツーリズムに負うところが大きい。リューゲン島ラウターバッハ地区の修復された由緒あるゴーア浴場など新しいアトラクションも加わって、07年には同州を訪れる観光客はさらに増えそうです。
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ハイリゲンダムのケンピンスキー・グランド・ホテル ©Deutsche Zentrale für Tourismus e.V.