日独交流150周年


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ドイツと日本 未来を見つめる友好関係150周年


1860年秋、オイレンブルク伯爵が率いたプロイセンの東方アジア遠征隊が江戸沖に来航しました。今日の東京湾です。翌1861年には江戸幕府と修好通商条約を結び、ここに両国の長い友好関係の基礎が築かれています。今日、日独両国はともに先進諸国の一つとして指導的立場を占めています。両国は共に価値観を共有し、利害関係も同じくして、文化、政治、経済、科学の分野で互いに重要なバートナーです。

歴史ある両国の友好関係を祝うために、日独両国で2010年秋から大小さまざまな記念行事が著名人も参加して行われる予定です。見つめる先は未来です。両国の「埋もれた宝」を掘り出し、未来への架け橋としたいと思います。昔からのしっかりとした絆に留まらず、新たな絆を結び、新しい媒介手段を講じて日独両国の結び付きを強化し、両国の青少年の心を獲得するのがその目的です。特に若い人たちの互いの国に対する関心を高めたいと願っています。

公式ホームページ

日独交流150周年:西洋菩提樹の植樹(奈良県立図書情報館にて)

友好の菩提樹

「日独交流150周年」を記念して、フランツ・シューベルトの歌曲で親しまれている菩提樹が150本、ドイツの心を表す永続的なシンボルとして日本各地に贈呈されました。

ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川

ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川

アジアで唯一のドイツのアーティスト・イン・レジデンスが2011 年春、京都に誕生! ドイツ文化センター(京都)は、2011 年の日独交流150 周年祝典事業の一環として、今春アーティスト・イン・レジデンスに生まれ変わりました。ドイツで活躍中の芸術家や文化人を京都に招聘し、日本の文化や芸術に触れながら、滞在創作活動を行う場を提供します。

Café Müller - 鴨川のほとりのドイツカフェ
本場ドイツの地方色豊かなレシピで作られた、極上のドイツ菓子を味わってみませんか? ヴィラ鴨川滞在中のドイツのアーティストたちとともに、くつろいだ雰囲気の中、“ドイツ”を味わっていただけます。

ヴィラ鴨川

(写真左より)プロイセン使節団を率いたオイレンブルク伯子孫、プリンツ公使、前原外務大臣

皇太子殿下ご臨席のもと、日独交流150周年記念式典

2011年1月24日、日独両国はともに日・プロイセン修好通商条約調印から150周年となる記念日を祝いました。この日行われた記念式典には政 治・経済・科学・文化など各界を代表するおよそ200人の方々が招かれました。式典冒頭、シュタンツェル大使は来賓の方々を前に歓迎の辞を述べ、日独交流 150周年のドイツ側名誉総裁のクリスティアン・ヴルフ連邦大統領のメッセージを読み上げました。

春を祝うお祭り、マイフェスト

日独友好フォトコンテスト

日独交流150周年を記念して、在日ドイツ商工会議所とドイツ観光局が共催でフォトコンテストを開催します。ドイツ、日本のアマチュアフォトグラファーの皆さん、心に残ったドイツ、またはニッポンの光景を写真に残してみませんか。秋には入選作品の写真展を開催します。

ニチマンドクって何?

ニチマンドクとは、ニチ=日本、マン=マンガ、ドク=ドイツをつないで造った新語。「ニチマンドク」 では日本人女性マンガ家まつおか・わかとドイツのコミック・アーティスト、ディルク・シュヴィーガーがマンガで対話。二人のマンガが毎週交互にUPされ、マンガによる掛け合いが・・・テーマは、過去150年間にわたる日独の友好関係!

横浜港に停泊する「アルコナ」号、カール・フォン・アイゼンデッヒャーによる水彩画

日独交流150 年の歴史

「日本大君と孛漏生國王其親族並に世世と其互の所領臣民の間に永久の平和懇親あるへし」、1861 年1 月24 日にドイツと日本の間で締結された条約の第一条にこう記されていました。実際、日独関係は今日、友好的で、心の通じ合ったものとなっています・・・

★日独交流150周年★

Tokio Hotelからのビデオメッセージ

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日独交流150周年記念事業に参加しませんか?

東京横浜独逸学園でのオープニング

対象:各種団体、姉妹都市関係がある自治体、企業や個人、日本国内において、日独関係に関連する催しを計画・実行し、あるいは財政的に支援しようとする方

ヴルフ大統領と皇太子殿下「日独交流150周年」の名誉総裁に

Christian Wulff

この度、日独交流が150周年を迎えるにあたり、両国にて実施される交流事業のドイツ側、日本側の名誉総裁に、それぞれクリスティアン・ヴルフ ドイツ大統領と皇太子殿下が就任されることとなりました。